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第一話「出会い」


 


一部の方には、はじめまして。
青虫になった三平です。

僕は以前人間でした。
ある朝、目を覚ますと自分の布団の上で、青虫の体になっていました。

人間が虫になるといえば、有名な小説を思い浮かべますが、あの話は空想でもSFでもなく、実際に起こりうることなのです。

あらゆる形状の人間は存在します。
2cmで母体から出てくる赤ちゃんや、生まれながらのあらゆる奇形。
また、成長過程における突然変異というのも珍しくありません。

病医学的に特異な症例を、何万人に一人と言ったりしますが、そのさまざまな何万分の一に同時にヒットすれば、人間は虫のような形状になることがあるのです。

ですから、「虫」になるという言葉には語弊があり、
「虫のような形状」が正しいのかもしれません。

このような体になり、脳の体積は収縮し、やはり以前のようにはいきません。
さまざまな機能は失いました。
そして、今も徐々に失われつつあります。

しかし、目の不自由な人の聴覚が異常に発達するかのように、僕にも虫としての感覚が芽生え、発達してきました。
虫だけでなく、植物の語りに耳を傾けることができるようになりました。

なにも、声帯から発せられた振動が鼓膜を揺らし、その振動を脳で解読するというまどろっこしい過程をたどらずとも僕たちの世界では意思の疎通はできるのです。

テレパシーなんて安っぽい言葉は使いたくありませんが、それに近いものがあります。

前段のお話が長くなりましたが、僕、三平がどのような生活をすごしているか、皆さんにお伝えしたいと思います。


夏の暑い日でした。

午後、僕は百人町にある公園のしおれた紫陽花の葉で、遅いランチをすませていました。

どこからか鼻歌が聞こえてきました。

ローリングストーンズの名曲「黒く塗れ」の鼻歌でした。
僕は驚きました。
鼻歌が珍しかったからではありません。
鼻歌なんて、公園にいれば浮浪者だって歌います。
ローリングストーンズが珍しかったからでもありません。
その鼻歌が、虫がコミュニケーションで使う波長だったからです。

僕は鼻歌のする方を見ました。
少し離れたイチョウの木の上からでした。
「おーい!ストーンズ好きの人ー!」
僕は大声で呼びました。
しばらくの沈黙の後、木の上から声がします。
「だれ?」
「僕は三平さ!青虫になった三平さ!
僕、もともと人間だったんだ!
ストーンズ歌ってるけど、 もしかして、君も虫になったの?」
興奮した僕は、ついつい声が大きくなっていました。

だけど、僕はすぐ声を潜めました。

虫になってから芽生えた感覚のひとつに危険予知という能力があります。
たぶん以前の僕なら気づけなかった地震の予測なんかもそのひとつです。
その他にも、人間の気配というのも非常に敏感になりました。
やはり生物界において、人間ほど危険な存在はないと思います。
虫たちにとって、天変地異と同等の破壊力を持ったものが人間の存在なのかもしれません。

そして今、僕が声を潜めたのは、人間の気配を感じたからでした。

この紫陽花に向かって浮浪者が近づいてきます。
午後になるといつもこの公園にくるマルちゃんと呼ばれる男でした。
すぐにこの後僕に起こる災難を予想できました。

僕も人間だったころ、よく立小便をしました。
そして、もしそこに小さな虫がいれば、それを的にし小便をしていました。
この本能的行為は、大人になっても変わりないことを、虫になってから知りました。
その行為によって溺死したテントウ虫の友人を知っています。

「早く逃げないと、おぼれ死ぬよ。」
低い声が聞こえます。
声の主は紫陽花さんでした。
「ありがとう、紫陽花さん。
でも僕は青虫だから、早く走れないよ」
「そうか・・・。残念だ。
お前の死に方も無残だが、無条件に圧死させられるゴキブリたちも、ひどいもんだよなぁ。
人間以外の種は、その絶対的個数が命の価値と反比例するのかね」
紫陽花さんは哀れむような悲しい声で、そう言いました。

僕と紫陽花さんが話している間に、マルちゃんは僕の目の前に立っていました。
そして、僕と目があいました。
見つかってしまいました。
もう絶望的です。
黄色い濁流が、僕に襲い掛かってくるのです。
僕は目を瞑り、息を止めました。
「さようなら。みんな。」
心の中で叫びました。

その時、僕の体がフワッと浮かびました。
僕は恐怖のあまり、幼虫から成虫へと脱皮したのかと思いましたが、体はまだ、緑のままです。
なのに宙に浮いています。
そしてそのまま、隣の保育園の滑り台の上に着地しました。
僕はすぐさま体をぐにゅっと曲げ、後方を確認しました。
そこには、一匹のセミがいました。

「君が僕を助けてくれたの?」
「まぁね。」
「抱えてここまで運んでくれたの?」
「まぁね。」
「ありがとう。」
僕は笑みがこぼれました。
ホッとした僕は、立て続けに質問を続けました。
「君が歌ってた?」
「まぁね。」
「あの歌知ってるってことは、やっぱり君も?」
「まぁね。セミの体になって五日目だ。」
「じゃ、君はまだ虫になりたてだね。僕、三平。君は?」
「ジローだ。」
「へー。僕、本当にうれしいよ。 僕以外にも同じ経験をした人がいたなんて。」
「ま、俺としても心強いが、こういうことってよくあんのか?」
「僕、わからないなぁ。」
「早く人間に戻りてぇんだが。」
「僕なんて随分経つけど、ちっとちも戻れないし、最近は人間の記憶も薄らいじゃった。」
「おいおい、戻れなかったら洒落なんねーぞ!」
僕は自分が人間に戻れる期待を、もはや捨てていました。
だけど、そのことはジローには黙っていました。

「ジロー君は・・・
あっ、ジロー君は何歳だったの?」
「26だ。」
「じゃ、ぜんぜんお兄さんだ。
ジローさんだね。」
「呼び方なんて、どうでもいい。それより、お前はなんで虫になったんだ?」
「わからない。朝起きたら虫になってた。ジローさんも朝起きたら?」
「いや、薬やりすぎちまってな。」
「薬をやるってことは、病気を治す薬じゃなさそうだね?」
苦笑いがジローからもれました。
「ジローさんは、そういう家業の人だったの?」
「ま、もともとはギター弾きになりたくってな。
白いギター背負って、栃木から上京したって訳よ。」
「ギタリストだ!」
「ところが、バンド組んでメンバーとジャンケンで負けてな。
ベーシストだ。」
「へー。
ベーシストだってかっこいいじゃん。」
ジローさんは不機嫌そうに黙ってしまいました。

僕はジローさんの機嫌を直したくて、話題を変えてみました。
「ジローさんはセミになってからの5日間何をやってたの?」
「最初の3日間は木に止まってジッとしてた。
俺がなぜこんな体になったのか、考えていた。」
「わかったの?」
「わからねぇ。
ただ、罰かもって考えたりしたな。」
「なんの罰?
薬に手を出したこと?」
「いや、違う。
俺はベーシストだけでは食えないからヤクザな稼業に手を染めてな。」
「ヤクザな稼業?」
「三平、お前、一年で何人の人間が行方不明になってると思う?」
「さー。
少なくとも、僕たち二人も行方不明者だね。ヘヘッ」
「さて、どうかな?
行方不明ってのは、探す人間がいて初めて行方不明って言えるんだ。
探す人間がいなかったり、 そもそも存在しなかった人間は行方不明とは言えねぇんだ。」
「でも、ジローさんの存在はバンドのメンバーとか知ってるるでしょ?
僕だって、きっと父さんや母さんが捜索願を出してくれてるんだ!
きっと...。」
僕は心細くなり、泣きそうになりました。

「三平、お前まだ子供だったのか?」
ジローさんが少し優しい口調で僕に聞いてきました。
でも僕はそれには答えず、ジローさんに質問を続けました。
「存在しない人間なんてどういうこと?」
「子供のお前には難しいかもしれんが、人間、生きてれば存在するって訳じゃねーんだ。」
僕は疑問の表情を浮かべました。
ジローさんはそれを察してくれ、言葉を続けました。
「生まれてから、親が戸籍登録して初めてこの世に存在するんだ。」
「登録されない人もいるってこと?」
「そうさ。
義務教育受けさせなければ、全くバレない。」
「なんでそんなことするの?
その子がかわいそうじゃない?」
「まー、お前には刺激が強すぎる話だが、子供は商品になるんだ。
成人してもいろいろ使い道はある。
死んだところで、元々生まれてない人間だから関係ねーわな。」
「なんか酷いね。
奴隷みたいじゃん!」
「まーね。
つまり俺は奴隷商人だったのさ。」
「ジローさん・・・
そんな酷いことやってたの?」
「だから罰さ。」

保育園のフェンスの向こうの空が赤くなっていました。
僕は売られていった子供たちのことを想像し、恐ろしくなりました。

しばらくの沈黙の後、僕はつぶやきました。
「僕はそんな悪いことしてない・・・」
「そうだな。
悪いことをしてないお前も虫になった。
つまり、悪いことをした奴が虫になるっていう 童話の世界じゃないってことだ。」

僕たちは、虫になった理由を求めていた様に思います。
また、それは同時に僕も人間に戻れるという希望を、心のどこかに残している証だったように思います。

「三平、ところでお前はどうやって虫になったんだ?」
ジローさんが聞いてきました。
僕は”虫になった時の様子”、またその様子を”唄にしたイギリスのバンド”がいたことなどを夢中になって話しました。

ところが、僕が懸命に話すのとは対照的に、ジローさんは時折頭をもたげ、眠そうでした。
「聞いてる?ジローさん。」
「あ・ああ・・・。」
夢見心地のジローさんでした。
「悪いな三平。
お前の話、 聞こうとしてるんだが、 昨日ぐらいから眠くてしょうがねぇ。」
「寝不足なんじゃない?」
「いや、そんなはずはねぇ
セミになって、昼寝ばっかりだ。」

僕は横目でジローさんを見ました。
その時初めてジローさんの羽が虫食いのように穴が開いて、痛んでいることに気づきました。
「起きて!ジローさん!
どうしたの?」
「何がだ?」
「羽が痛んでるよ?
何かに襲われたの?」
「襲われてねぇ。
木に止まってジッとしただけだ。
背中は見えねぇから分んねけど、 セミになった時からそうだったんじゃねーか?」
「そうなんだぁ」

僕はこの時、ジローさんにこれから起こることを全く予想できませんでした。
でも、その痛んだ羽を見た時に気づくべきでした。

僕たちの頭の上に、大きな赤い満月が昇っていました。
隣ではジローさんがおしっこを漏らしながら眠っていました。
まるで、痴呆老人のように。


第一話「出会い」 完

【infomation】


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